千葉地方裁判所 平成3年(行ク)4号 決定 1991年12月26日
申立人(本案事件被告)
皆川圭一郎
右申立人代理人弁護士
滝口稔
被申立人
鎌ヶ谷市長
皆川圭一郎
本案事件原告(選定当事者)
中川愛子
本案事件原告(選定当事者)
蛭田勤
主文
平成三年(行ウ)第一八号損害賠償請求事件につき、被申立人を申立人のために参加させる。
理由
一本件申立ての趣旨及び理由は別紙一「行政庁の訴訟参加の申立書」記載のとおりであり、被申立人の意見は別紙二「行政庁の訴訟参加の申立に関する意見書」記載のとおりであり、本案事件原告らの意見は別紙三「意見書」記載のとおりであるから、これを引用する。
二当裁判所の判断
1 本案事件は、鎌ヶ谷市が行った工事につき、その工事費の支出負担行為及び支出命令に関与した申立人に対し、工事費相当額の損害を鎌ヶ谷市に賠償するように求める住民訴訟であるところ、右事件の一件記録によると、被申立人は右支出負担行為及び支出命令をした行政庁であることが認められる。
地方自治法二四二条の二第六項、行政事件訴訟法四三条三項、四一条一項によって準用される同法二三条は、地方自治法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実に関する住民訴訟において、被告とされていない財務会計上の行為をした行政庁が当該行為又は事実に関する攻撃防御方法を有している場合、当該行政庁を訴訟に参加させることによりこれを訴訟の場に提供させ、資料を豊富にすることで、もって、適正な審理・裁判を実現しようとすることを制度の目的としているものと解される。
そうすると、前記のような立場にある被申立人を本案事件に参加させることにより、右の制度の目的に沿う結果を実現することが期待できる。
また、本案事件の実質的争点は、被申立人がした支出負担行為及び支出命令の適法性であると認められるから、本案事件において、右支出負担行為及び支出命令が適法であると主張する申立人側に参加させることが相当である。
2 本案事件の原告らは、本案事件は、鎌ヶ谷市の有する被告に対する損害賠償請求権を、原告らが市に代位して行使するものであり、被申立人は市の代表者であるから、被申立人と原告らは同一の地位を有し、被告とは対立した存在であり、また、行政事件訴訟法二三条一項が「他の行政庁」の参加を規定し、本案事件の被告は行政庁でなければならないところ、本案事件の被告は行政庁ではないから、いずれの点からも、被申立人を申立人のために参加させることは許されないと主張する。
しかし、地方自治法二四二条の二の定める住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為または怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであり、その一たる損害補填に関する住民訴訟は、地方公共団体の有する損害賠償請求権を住民が代位行使する形式によるものと定められているが、この場合でも、実質的に見れば、権利の帰属主体たる地方公共団体と同じ立場においてではなく、住民としての固有の立場において、財務会計上の違法な行為または怠る事実に係る職員等に対し損害の補填を要求することが訴訟の中心的目的になっているのであり、この目的を実現するための手段として、訴訟技術的配慮から代位請求の形式によることとしたものと解される(最高裁昭和五一年(行ツ)第一二〇号、昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決、民集三二巻二号四八五頁)。
そうすると、住民訴訟における住民の立場と地方公共団体の立場とを同一のものとみることはできないから、その地方公共団体を代表する者と住民とが同一の地位を有するということもできないし、また、地方公共団体の代表者と被告とが対立した存在であるということもできない。
また、1で述べたとおり、地方自治法二四二条の二第六項、行政事件訴訟法四三条三項、四一条一項によって準用される同法二三条は、住民訴訟において、被告とされていない財務会計上の行為をした行政庁を訴訟に参加させることにより適正な審理・裁判を実現しようとすることを制度の目的としていると解されるのであり、本件のような地方自治法二四二条の二第一項四号に定める職員個人に対する損害賠償請求の代位訴訟においても、資料を豊富にし、適正な審理・裁判を実現する必要がある点では被告が行政庁である場合と同様であり、代位訴訟の被告が行政庁ではないからといって、右制度の適用がないと解することは相当でない。
三以上のとおりであるから、申立人の本件参加申立ては理由があるからこれを認めることとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官仙波英躬 裁判官櫻井達朗 裁判官石原寿記)
別紙一 行政庁の訴訟参加の申立書
申立の趣旨
平成三年(行ウ)第一八号損害賠償請求事件につき、被申立人を申立人のために参加させる旨の決定を求める。
申立の理由
一、本案事件原告らは、本訴において、本件工事区間の工事費の支出は、地方財政法第四条第一項の公金の浪費及び市で定めた受益者負担の原則に反する違法な支出であったとして、本案事件被告である申立人に対し、右工事費相当額の損害を鎌ヶ谷市に賠償することを求めている。
二、しかし、本案事件原告らの主張する本件工事費の支出負担行為及び支出命令は、行政庁である鎌ヶ谷市長の職にあった被申立人が行ったものである。
従って、右支出負担行為及び支出命令の適否等に関する資料は、行政庁である被申立人鎌ヶ谷市長(現実には、補助機関である担当部局長)が所持しているものであって、本案事件被告が個人として提訴された本訴において、応訴のため、これらの資料を提出することはできない筋合といわなければならない。
三、ところで、住民訴訟については、地方自治法第二四二条の二第六項、行政事件訴訟法第四三条第三項及び第四一条第一項の規定により、行政庁の訴訟参加に関する同法第二三条の規定が準用されている。
同条に定める行政庁の訴訟参加の制度は、参加人の参加の利益の存否にかかわらず、関係行政庁を攻撃防禦に参加させて、当該行政庁が所持する訴訟資料等を提出させることにより、訴訟資料を豊富にし、適正な審理、裁判を実現することを目的とするものである。
よって、本件においても、前記資料を所持している行政庁である被申立人鎌ヶ谷市長を本訴に参加させる必要がある。
四、また、行政事件訴訟法第二三条の規定による行政庁の参加は、その性質上、被告側に参加するものであって、原告側に参加することは許されないと解されている(南博方編、条解行政事件訴訟法五九〇頁)。
従って、右規定を住民訴訟に準用する場合には、行政庁は、行為の適法性を主張する側、すなわち、被告側にのみ参加できると解すべきである(三好達、新実務民事訴訟法講座第九巻三二四頁)から、本件において、被申立人鎌ヶ谷市長を本案事件被告である申立人のため参加させるべきであると思料する。
五、右のような次第であるから、申立の趣旨記載のとおり、行政庁の訴訟参加を命じる決定を求めるものである。
右申立人代理人
弁護士 滝口稔
千葉地方裁判所民事第二部 御中
別紙二 行政庁の訴訟参加の申立に関する意見書
意見の趣旨
原告(選定当事者)中川愛子外一名、被告皆川圭一郎間の平成三年(行ウ)第十八号損害賠償請求事件(本案事件)において、本案事件被告のため被申立人が参加することが相当である。
意見の理由
一 鎌ヶ谷市は、平成元年度に本件工事を含む富岡地域排水整備工事(工事延長240.24メートル)を行い、代金合計四千九百十三万五千百二十円を支払った。
二 右工事に伴う予算執行は、適法な行為である。
すなわち、鎌ヶ谷市は、当該地域における雨水対策として右工事を行い、必要な排水施設を整備したのであり、前記予算執行は、住民福祉の増進を目的とした行政上必要不可欠な措置として、その方法、内容、効果とも、すべて適法なものである。
本訴は、これを違法として提起されたものであり、当行政庁は本案事件に重大な利害関係を有する。
三 また、本案事件における主要な争点は、前記予算執行が違法であるか否か、すなわち、本件工事区間の工事費の支出が、地方財政法第四条第一項に違反する公金の浪費及び市で定めた受益者負担の原則に反する違法な行為であったか否かであり、これが明らかにされるためには相当の関係資料が必要とされるが、これらの資料は被申立人が所持しているから、訴訟経済上の見地からも当職の参加が相当である。被申立人 鎌ヶ谷市長 皆川圭一郎
千葉地方裁判所民事第二部 御中
別紙三 意見書
申立てに対する異議
本件訴訟参加の申立てを却下する旨の決定を求める。
異議の理由
一、申立人(本件訴訟の被告)は行政事件訴訟法第二三条の規定に基づいて本件申立てを行なっているが、本条によって訴訟参加が許されるには「他の行政庁を訴訟に参加させることが必要である」場合でなければならない。(本条第一項)
二、本件訴訟は、鎌ヶ谷市の住民である原告らが地方自治法第二四二条の二第一項四号により、同市に代位して、すなわち同市を代表する市長としての被申立人と同一の地位において、被告に対し損害賠償を請求するもので、原告らは、本来被申立人が有する訴訟追行権を被申立人に代わって実行しているものであるから、被申立人は第三者機関ではなく、原告らと同一の地位を有するものであり、また、本件訴訟の被告が「行政庁」ではないことから、被申立人は行政事件訴訟法第二三条第一項の「他の行政庁」に該当しないと判断される。
よしんば、被申立人をして「他の行政庁」であると認められるとしても、被申立人と原告らとは利害を共通にするが、被告である申立人とは対立した存在であるから、被申立人を申立人のために訴訟参加させることは許されないものである。
三、申立人は、被申立人を訴訟に参加させる必要性について、訴訟関係資料は被申立人である鎌ヶ谷市長が所持しているものであって、個人としての皆川圭一郎が市長の所持している資料を応訴のため提出できる筋合いではないと述べているが、本件訴訟において原告らの主張の中ですでに明らかにしたように、申立人は本件工事の実行に際して深く関与しているのであって、当然に関係書類の内容及び所在がわかっているのであるから、民事訴訟法第三一二条以下の規定を活用し、積極的に文書提出の申立てを行うことによって資料を入手し、応訴のため提出することは十分に可能である。
よって、鎌ヶ谷市長である被申立人を被告である申立人のために訴訟に参加させる必要があるとは認められない。
以上より、本件訴訟参加の申立ては理由がないから却下する旨の決定を求める次第である。